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素養の差はどこから?そして日本はどこへ向かう?

日本人と中国人の給食における素養の差を感じ取った中国人のブログからです。
【中国ブログ】日本の給食に見る、わが国の児童の「負け」とは
2010/08/30(月) 14:02 サーチナ

 中国ではこのほど、北京五輪や上海万博などの国際的なイベントの開催を通じて、集団における人々のマナーや振る舞いに関心が集まっており、素養向上などに向け、さまざまな取り組みや意見交換などが行われている。
  
 一方、旅行や留学、仕事の長期滞在などで日本に滞在する中国人の中には、日本人が見せる、他人に対する礼儀や作法、習慣などに「素養の高さ」を感じるようだ。

 中国の教育機関に勤める「静茹(ハンドルネーム)」さんもその1人だ。「静茹」さんは、日中の交流事業の一環で、中国の小学生とともに日本の小学校を訪れ、給食の時間中に見た日本の子どもたちの振る舞いに、「日本の子どもと一緒に食事をしなければ、何をもって“素養”教育なのか分からなかった」などとつづっている。

 「静茹」さんはまず、生徒らが週代わりで「給食当番」を担い、料理の運搬や配膳などを行うことや、子どもらが食事を頑張って食べきること、食事の後片付けや食事中に出るゴミの分別などのすべての作業を子ども一人ひとりが行うこと、食事の後に歯を磨くことなどに驚きを示し、「ゴミの分別などは、幼いころから社会全体で教えていくべき」、「学校で養われた(歯磨きなどの)衛生的な習慣が、恐らく生涯続けられていくのだろう」などと感嘆した。

 また、余った牛乳をじゃんけんの勝者がもらえる、というシステムを「面白い」と絶賛。こんな方法で配るとは、と発想の豊かさにも感心していた。

 一方、食事を残し、周りのルールを飲み込めないまま、見よう見まねで適当に後片付けをしていた中国の生徒たちの姿に、「生徒を責めることはできない。これは私たち教師の恥だ」などと語り、教師をはじめ、子どもにかかわる大人が、細かいところまで子どもに教えて示すことができるよう、意識すべきだと語った。

 「静茹」さんは最後に、「スタートラインで負けてはいけない」と意気込み、子どもにさまざまな習い事をさせる保護者の姿勢に疑問を投げかけ、子どもが習い事以外の分野で自立できず、保護者を敬い、家事を手伝おうという意識を持ちにくい現状を、今後の教育で変えていくべきだと結んだ。

 「静茹」さんの素養教育に関する「日本見聞録」には、書き込む読者のほぼ全員が賛同。数々の“証拠写真”などに「本当にこんななの? ビックリ」、「完敗だな」などと反応し、子どものころからの習慣づけの重要性を改めて確認していた。(編集担当:金田知子)
※素養とは、ふだんの練習や学習によって身につけた技能や知識。たしなみ。

 結局は、周囲の環境や思想、習慣に因るところの差が、国の違いで如実にでているのでしょう。

 この紹介した記事で、関心を寄せられた日本人の"素養の高さ"も、現在失われつつあるのではないかと危惧しています。
 男女共同参画の推進は、女性が社会にでることを進めています。女性が外で働くことは、子供を授かった場合でも、子供を預けて働きに出ることを意味するものと思います。もっと言えば、乳児の時から保育所に預けて、女性が外で働ける社会を目指しているのが男女共同参画だと思っています。
 子供が小さい時から保育所に預けることは、本来、親が教えるべきこ「躾け」を、保育所の職員に求めることになると思います。しかし、「躾け」とは子を思う親の心が伴ってこそだと思います。そうでないものは、「躾け」に非ず「調教」というのではないでしょうか?
 そして、この幼児段階での「躾け」の付けを、小学校に求めるモンスターと呼ばれる親も居るという昨今、待機児童の解消を求めて保育所を増やそうという方向性は、日本の社会として何かが間違っているように思います。
 仮に今「スタートライン」が、中国と日本で同じだとしても、後ろ向きに走るのが日本だとするとすぐに、素養の差は、逆転してしまうことになるのではないでしょうか? 応援ありがとうございます。m(_ _)m 励ましのクリックありがとうございます。

テーマ : こんな見方もありかな? - ジャンル : ニュース

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